『サンキュー・チャック』レビュー ― 人生の美しいリズムを刻む映画


偶然出会った一本

正確なところはわからないが、ゴールデンウィークというのは映画業界が発祥だそうだ。正月やお盆だけでなく、5月の第一週に映画を公開して盛り上げよう。そんな話があったらしい。

2026年5月6日。私はそんなこととはまったく知らず、偶然見かけたゴールデンウィーク最終日の「サービスデー」の文字につられて、この日をどう過ごすか考えた末、とりあえず映画を見ることにした。

見たい映画があったわけではない。 ただ、公開中の作品を眺めていると、知った名前があった。スティーヴン・キング。映画のタイトルは「サンキュー・チャック」。彼の作品はいくつか小説で読んだことがあったが、この作品は知らないものだった。小説版は「チャックの数奇な人生」というタイトル(映画をみたあと買った)。

ほかにも話題作はあったが、コナン君もプラダも過去作を見たことすらなかった。決め手はそのくらいである。

まったく期待して見に行ったわけではなかったが、これはとても良い映画だった

「映画らしい映画」という印象

一言で言えば、映画らしい映画。映画の定義を明確に持っているわけではないので、個人的な雰囲気での表現でしかないけど。

派手なシーンがあるわけでもないし、ヒーローが出てくるわけでも、心躍るような冒険があるわけでもない。でも、良い映画。淀川長治さんが、日曜洋画劇場で嬉しそうにその良さを語っていそうな映画。まったくもって個人的な印象でしかないんだけど、そんな映画が「サンキュー・チャック」だ。

物語は最後から最初に向かって進む、逆回しのようなストーリー。あまり映画を見ない人にはわかりにくいかもしれない。映画の内容は主人公チャックこと、チャールズ・クランツの生涯を描いた作品である。

生涯を描く以上、当然ながら、ひとりの人間の人生が映し出される。そこから受け取るテーマは「人生とは何か?」だ。こう書いてしまうと本当に当たり前っぽい話なのだが、この映画はその当たり前を特殊な構成でうまくまとめている。

思い出した一曲 ―「決められたリズム」

この映画を見て思い出した曲がある。井上陽水の「決められたリズム」だ。学校生活の時間の流れと青春をリンクさせた名曲なのだけど。

サンキュー・チャックは人生のリズムを描いているのだと思う。そういえば、この曲は「たそがれ清兵衛」のエンディング曲だった。あの映画も、ひとりの人間の人生を描いていた。

「決められたリズム」の歌詞に「愛されたこと 選ばれたこと」という言葉があるが、まさにあんな感じのシーンもある。

言い換えるなら、青春と言ってもいいのかもしれない。

  • 成長する中で出会う失敗や成功
  • 学ぶ楽しさ、知る喜び
  • 初恋、失恋、愛
  • 大人になって気づく人生の素晴らしさ
  • 優しい嘘、悲しい嘘
  • 出会い、別れ

人生の機微を登場人物たちがそれぞれに表現していく。その多くはチャックのおじいさんとおばあさんが担うのだけど。

見せ場はダンスシーン、そして「マジックアワー」

見せ場はやはり、ダンスシーンだろう。たぶん、ここがこの作品を「映画らしい」と感じさせる中心だ。

長さを正確に計ったわけではないが、結構長い。その間、あるのはドラムが奏でるリズムだけ。次々と繰り出される様々なビートと、延々と続くダンス。これが美しい。

このシーンは夕方から夜に変わる時間で幕を閉じる。映画業界ではこの時間を「マジックアワー」というらしい。日が沈む、誰もが美しいと感じる時間。

チャックが人生で感じる素晴らしさと、その後に訪れる死の予感が、ここで重ねて描かれているのだと思う。

逆再生で描かれる、人生の流れ

このシーンこそが、この映画の特殊なストーリー構成の妙だと思う。

人生を映画にして順番に映し出せば、幼い時代から順に進むことになる。でもこの映画は、最初に「終わり」が予感として描かれる。これを夜とするなら、夕方と夜をつなぐ時間に訪れるのがマジックアワー。

時間の流れからすれば逆再生。しかも、それが人生の流れであることは伏せられている。はっきり描かれないし、唐突。ストーリーは後半から、少しずつ答え合わせがはじまる。チャックの人生がどうやってマジックアワーを迎えるのかが、少しずつ折り込まれていく。

映画.comなどの感想を読んでみると、「よくわからないけど、素晴らしいことはわかった、感動した」といった趣旨の声を見かける。そう、確かにわかりにくい。

この映画が刻むリズムは「人間の一生」という誰もが持っているわかりきったものなのに、映画自体はチャックが踊るダンスのように多様で、ちょっと独特だ。だからわかりにくい。でも、人生という誰もが知っているリズムを踏んでいる。多くの人間が経験してきたこととリンクしている。

人間はだれしも死から逃れることはできない。人生は必ずそこを目指して流れていく。劇中で「未来が見える」というオカルトめいた表現がされているが(このあたりが、スティーヴン・キングとマイク・フラナガンらしさか)、そんなことはない。誰だって、知っていることだ。最後に向かって、誰もが知った最後を独特のリズムで刻むから、美しい。

ドラムを叩く女性が語る、この映画の本質

ダンスシーンでドラムを叩く女性、ジャレド(映画版での名前は忘れてしまった。同じかもしれないが、これは小説版の名前)は、音楽は「考えるもの」ではないという。自らの中から溢れ出るビートを刻むものだと。

それはすなわち、人の人生から溢れ出るものだ。それはそうだ。「人間の人生とは?」なんて考えても答えは出ない。

映画の中盤でさらっとナレーションで説明されてしまうのだけど、チャックのためにリズムを刻む彼女のこの言葉こそが、この映画の本質を語っている。だからこそ、最も美しいシーンでリズムを刻む役を担っているのだと思う。

おわりに

人生の美しいリズムを刻む映画。それが「サンキュー・チャック」という映画なのだな、と。